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ナースの卯月に視えるもの_004_石川真紀

ナースの卯月に視えるもの_004_石川真紀

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A nurse named Uzuki is taking care of a patient named Seki, who has a condition called interstitial pneumonia. Despite having a poor prognosis, Seki remains positive and jokes with the nurses. Uzuki notices a woman sitting by Seki's bedside and wonders who she is. Uzuki discusses her concerns with her colleague, Asakura. They also talk about the difficulties faced by their colleagues, Moto and Honki. Asakura suggests inviting Moto out for lunch to discuss her concerns. Later, Uzuki and Asakura go out for sushi and discuss their experiences with patients who have passed away. Uzuki wonders why Seki doesn't seem sad, and Asakura explains that everyone copes with grief differently. They also discuss Moto's behavior and her difficulty expressing her emotions. The next day, Uzuki notices the woman by Seki's bedside again and wonders about their relationship. 2.誰でもきっと一人じゃない。 細かい雨が窓を湿らすように降っている。 関東は平年並みで梅雨入りし、気温の低い日が続いているらしい。 ここ横浜も少し肌寒い。 日勤の朝、引き継ぎを受けてから見回りのためにナースステーションを出る。 最初に行くのは男性の4人部屋だ。 おはようございます。日勤のうずきです。 挨拶をしながら病室へ入り、窓際のベッドの方へ歩く。 失礼しますと声をかけてベッドを囲うカーテンの中に入る。 ギャッチアップされたベッドの上で関さんが肌についている酸素下乳類を触りながら笑顔を見せた。 白髪じりの武将ひげとひみやけた顔からは、親分肌の関さんがこれまで生き生きと働いてきた姿が想像できた。 関しげおさんは60歳の男性で、間室性肺炎で入院している。 間室性肺炎とは、肺炎と名前はついているものの、いわゆる肺炎とは違って、肺の壁がゆっくり硬くなってしまう病気だ。 はっきりした原因はわかっていない。 関さんは酸素の吸入をしながら在宅で過ごしていたが、肺がんの合併があり、急激に腰台が悪化して入院してきた。 今は枕元の壁についている酸素供給口から、蚊乳類を通じて常時酸素が送られている。 予後は悪く、もって2ヶ月程度と言われている。 本人にも予後不良と告知しているが、関さんは看護師たちに冗談を言ったり、世間話を好んでしたりして明るく振る舞っている。 呼吸苦と倦怠感がかなり強いはずだから、あまり無理はさせたくないけれど、患者が明るく振る舞いたいときは、その調子に合わせることにしている。 予後が悪いからといって、誰でも暗く沈むわけではない。 残された時間が短いからこそ、楽しく過ごしたい人もいるのだ。 たとえそれが強がりであっても、その気持ちに寄り添うことも大切なことだ。 おはよう。今日の日勤はうずきちゃんか。よろしくね。 はい、と返事をしようとしたとき、 おはようございます、とカーテンの端から穏やかな笑顔の三越場主任が顔を覗かせた。 関さん、お加減はいかがですか。 まあ、悪くはないかな。 それならよかったです。ご無理なさらず、何でも言ってくださいね。 大丈夫、大丈夫。うずきちゃんが来てくれたから元気100倍だよ。 関さんの調子の良い言葉に主任が苦笑する。 ほらまた、そういう言い方ダメなんですよ。 看護師へのちゃんづけもセクシャルハラスメントに該当する可能性があります。 お気を付けくださいね。 苦笑は柔らかく、表情はにこやかだが、それが余計に威厳を感じさせた。 三越場さんには、主任として部下を守る責任もあるのだ。 ははは、すいません。よろしくお願いしますね。 そう言って主任が去ってから、関さんは舌を出しておどけた顔を見せた。 私は肩をすくめる。 あの人は主任さんだっけ?そうですよ、主任の三越場です。 えらい男前だね。そうですか? 確かに三越場さんは男前だと思うけれど、関さんにそう言ったらアタックしろ、などと言われそうな気がする。 三越場さんには奥さんがいますよ、と言っておいた方がいいかもしれない。 血圧測りますね。 会話をしながら関さんの腕に血圧計のマンシェットを巻く。 じーっと音を立てながら関さんの腕を締め付ける。 じーっと音を立てながら関さんの腕を締め付ける。 息苦しさどうですか? 血圧計がピッと音を立てて計測を終える。 120スラッシュ62。いい値だ。 まあ苦しいっちゃ苦しいけど、男は根性でしょ。 根性で乗り切っちゃうタイプですか? 私は少し笑いながら酸素の流量計を見る。問題なし。 酸素は大量に吸えばいいというものではない。 何事も過ぎたるは尚及ばざるがごとしで、大量の酸素を吸いすぎると重篤な健康被害もある。 その患者に合った酸素の量を医者が診断し、看護師はそれに従って投与する。 お熱も失礼しますね。 と言いながら咳さんの脇に体温計を挟む。 体温測定の間にパルスオキシメーターを指につける。 血中の酸素飽和度を測る機械だ。 92パーセント。悪くない。 健康な人の血中酸素飽和度の正常値は96パーセント以上で、それを切ったら呼吸苦を感じる。 でも、肝室性肺炎の患者で酸素吸入をして92パーセントなら安定している方だ。 90パーセントを切ったら危ない。 体内の酸素の値問題ないですよ。 だろう、俺の根性の価値だ。 ピピピピッと電子音が鳴る。 脇から体温計を取り出す。 発熱もない。 大きな変化がないということに、とりあえず私は安心する。 何かありましたらナースコールしてくださいね。 そう言ってカーテンから出ようとした時、 ギャッチアップされて四角になっていた場所、枕元のすぐ横に、 女性がしゃがんでいるのを見つけた。 ギョッとして思わず足が止まる。 30代くらいの女性で髪は無造作に後ろにゆっている。 キャラクターの描かれた黒いロンティーンにジーンズというカジュアルな服装だ。 すっぴんでくっきりした二重の目でにらみつけるような怖い表情をしている。 手には何かを握りしめている。 よく見るとそれはお金だった。 紙幣を何枚かぐしゃっと握っているのだ。 まだ朝の九時。こんな時間に面会者がいるわけがない。 それに女性はうっすら透けている。 ああ、関さんの思い残しだ。 うずきちゃん、どうしたの? 関さんに声をかけられる。 私が何も言わずに突然立ち尽くしたからだろう。 ああ、いいえ、何でもありません。 関さんに向けて微笑んでからカーテンの外へ出た。 カーテンの下から覗く思い残しの足元を見る。 薄汚れた白っぽいスニーカーはかなり履き古しているように見えた。 ナースステーションに戻り、関さんのカルテを確認する。 関しげお、六十歳、男性。 現病歴。 五十代の前半から呼吸苦があったが受診はせずに様子を見ていた。 五十八歳で間室性肺炎と肺がんの合併と診断される。 以降、在宅にて酸素療法を実施。 反省時3リットル、漏作時7リットルまで。 6月3日、呼吸困難の急性増悪あり、救急搬送。 予後2ヶ月と診断され、長期療養型病棟へ転倒。 出演40年以上。 出演は、間室性肺炎の原因の一つと言われている。 煙草は身体異常もあるから、もう吸えないのはつらいだろうと思う。 性育歴を見ると、もともと石膏で育てられていた。 性育歴を見ると、もともと石膏で病前まではサンドブラスト職人だったと書いてある。 サンドブラストって何だろう。 遠宅の住む隣で、朝倉が本木と何か話している。 今月でプリセプターと新人が二人一組で働く期間は終わりだから、 独り立ちに向けての最終月間だ。 朝倉の白い首筋におくれ毛が垂れている。 時々この後輩は年下なのにドキッとするほど色っぽく見える。 二人の会話が終わったところを見計らって朝倉に声をかける。 ねえ、関さんのこのサンドブラスト職人ってどんな職業だっけ。 朝倉が私の持っているタブレットを覗く。 ああ、それ私も気になって関さんにお聞きしたんです。 そしたらお墓の石にお名前を海明って言うんでしたっけ。 それを掘る仕事みたいですよ。石膏とは違うの? 石膏はのみとトンカチで手作業だけど、 このサンドブラストっていうのは機械に細かい砂みたいなのが入っていて、 それをすごい勢いで吹き付けて墓石を掘るらしいです。 高圧洗浄機みたいな仕組みらしいですね。 ナースステーションに戻ってきた美子芝主任が私たちの会話に入ってくる。 ゴーグルとマスクをしてやるけれど、細かい石の粉がすごく飛ぶらしいですよ。 だから間出性肺炎もお仕事が関係しているかもしれませんね。 美子芝さんもサンドブラストについて調べたらしい。 なるほど、確かに原因の一つになっているかもしれませんね。 納得しながら美子芝さんを見ると、 白衣の胸ポケットに茶色っぽい鹿のような小さなキャラクターが揺れていることに気がついた。 ボールペンのノック部分にぶら下がっているらしい。 私の視線をたどった主任は、自分の胸ポケットを見てから少し顔を赤くした。 鴨鹿の鴨鹿んですが、何か?鴨鹿ん? 長野のゆるキャラです。 地元を応援しようと先日帰省した際に購入しました。 小さな声で弁解するように話す美子芝さんの意外な一面に驚いた。 ふと見ると反対側に座っていた山吹が、下を向いて肩を細かく震わせている。 笑いをこらえているらしい。 かわいいですね。ありがとうございます。 恥ずかしそうに顔を伏せる美子芝さんをこれ以上困らせないように、私はタブレットに目を戻す。 関さんの思い残しのことを考えている途中だった。 関さんの家族は妻と子供が二人、子供は二人とも無視していた。 子供が二人、子供は二人とも息子だ。 ではあの女性は誰なのだろう。 仕事中枕元の女性がずっと気になっていた。 あんなに険しい顔をして何があったのだろう。 今もまだあんな表情をしなければならない状況に置かれているのだろうか。 握りしめたお金は嬉しいお金じゃないのかもしれない。 うずきさん、ちょっといいですか。 仕事を終えて更衣室で着替えていると朝倉から声をかけられた。 もときは一緒にいない。 どうしたの、もときは。 もときさんは帰りました。 そっか、で、どうしたの。 ちょっと相談したいことがあって。 朝倉はもう着替えを終えていて、黒いブラウスに薄い色のデニムを履いていた。 男性の研修医が長期療養型病棟に回ってくると、必ず何人かは朝倉に声をかけてくるらしい。 ちょっと儚いような雰囲気の美人だ。 でも今は表情が冴えない。 私でよければ聞くよ。ご飯行こうか。いいですか。 うん、あそこの海天寿司行こうか。 この前トウコさんに連れてってもらったんだけど、おいしかったよ。 トウコさんが選んだのなら間違いないですね。 海名市県で育ったトウコさんの寿司好きは有名だから、朝倉はようやく少しだけ微笑んだ。 私は手早く着替え、朝倉と一緒に病院を出た。 梅雨の空は重たく、霧雨が全身を覆う。 ロンティーだけじゃ体が冷える。 朝倉もブラウスだけで寒いのか両肩を縮込めている。 朝倉から話し始めるのを待とうと思っていたら、二人で黙って歩くことになった。 サーサーと降る細かい雨だけが鳴っている。 歩いて十五分ほどのところにあるよっちゃん寿司に着いた。 よっちゃん寿司の店名は、店内で飼育されているサメの名前にちなんでいるらしい。 店先に大きな水槽があって、その中を三十センチほどのサメが泳いでいるのだ。 そこに、看板ためよっちゃんと書いてある。 前に東子さんと来たとき、これイケスかなぁと真面目に言うから笑ってしまった。 たぶんペットですよと答えたけれど、スマートフォンで検索したら寿司で食べられる種類のサメもいるらしく、 二人で顔を見合わせた。 サメはともかく寿司好きの東子さんを唸らせたお店なので、味の保証はできる。 ここは、配店レーンの中に板前さんがいるタイプのお店だ。 レーンを流れてくるお寿司を食べてもいいし、その場で板前さんに直接注文してもいい。 もちろん、備え付けの注文用紙に書いて渡してもいい。 人見知りの人だったら板前さんに声をかけるのは、越えなければならないハードルの一つだと思うから、 フレキシブルな対応をしてくれるお寿司屋さんが私は好きだ。 朝倉と並んでカウンターにすがった。 私、とりあえず粗汁頼むけど、朝倉は? いいですね、頼みましょう。 すみません、とか言ってくれた。 いいですね、頼みましょう。 すみません、と声をかけると、うらっしゃい、と板前さんが元気に答えてくれる。 粗汁二つください。 はーい、粗汁二つ。 板前さんが大きな声で復唱する。 朝倉の悩みを聞くには、もう少し静かなお店の方がよかったかなと思ったけれど、仕方ない。 朝倉は湯のみにお茶の粉を入れて、カウンターにある蛇口からお湯を注ぎ、私の分も緑茶を入れてくれた。 お姉さんたち、粗汁。 板前さんが大きなお椀たっぷりの粗汁をレーン越しに置いてくれる。 ありがとうございます、いただきます。 両手で持ってズズッと汁をすする。 はー、と二人同時にため息をついた。 だしの効いた粗汁は濃厚でとてもおいしい。 霧雨に冷やされていた体がほかほかしてくる。 あー、あったまりますね。 朝倉がふーっと息を吐きながら言う。 ほんとあったまるしおいしい。 うずきさん、何食べます? 朝倉が注文用紙を手に取った。 うーん、いくら以外なら何でも。いくらだめなんでしたっけ? そうなのも苦手。おいしいのにもったいないですね。 朝倉は北海道の出身だから、新鮮でおいしい海の幸に子供の頃から親しんでいたのかもしれない。 もときのプリセプターを決めるときも同郷だからということが理由の一つだったらしい。 朝倉は札幌で、もときは中しべつの方だと言っていた。 私がホタテとマグロとアジを食べて、朝倉がウニとイクラとサーモンを食べ終わると、朝倉はぽつりと話し出した。 今日相談したかったことなんですけど、もときさんのことです。 うーん、想像はついていた。プリセプターとして何か悩んでいるのだろう。 この前、個室のSさん、捨てたじゃないですか。 捨てたとは看護師の間でよく使われる言葉で、捨てるべん、つまり死亡したことを指す。 ナースステーション内でも患者やご家族の耳があるところで死亡したと話せば、やはり悲しい気持ちにさせてしまう。 また、仕事外の場所で誰々が死んだなんて話はできないから、医療界隈には専門用語や引用が多い。 その時、私ともときさんは部屋の担当だったんです。 個室のSさんは肝臓がんの末期で、痛みの緩和などターミナルケアのために入院していた。 もときさんは患者さんが捨てるのを見るの初めてだったんですけど、なんていうか、淡々としていて、 ご家族の手前、頑張っていたのかな、多分そうなんだと思うんです。 でも、エンゼルケアの途中でご家族に退室いただいた時も、なんていうか、悲しそうに見えなかったんです。 エンゼルケアとは、亡くなった患者に行われる処置だ。 体を清潔にしたり、喉や鼻から体液が漏れないように綿を詰めたりする処置で、 最近は吸水ポリマー入りの高性能なエンゼルケアキットが使われるため、手早く丁寧に行うことができる。 体を拭いたり、被害させたりするのはご家族と一緒にやることもあるが、 医療機器の除去や綿を詰める処置などの際は、退室していただくことが多い。 私は、自分が新人で初めてステルベンに立ち会った時、ショックでどうしようもなかったんです。 人間って本当に亡くなるんだって、目の前で体験したことがしばらくトラウマでした。 こんなに冷たくなっちゃうんだとか、こんな色になっちゃうんだとか、 とにかく辛いことが多くて、怖かったし悲しかったんです。 初めての見取りは、新人看護師の壁の一つだ。 学生の時にいくら勉強しても、実習でどれだけ患者と関わっても、 仕事をしながら毎日看護をしていた人が目の前で亡くなるのは、やはり衝撃が大きい。 私自身もそうだった。 わかるよ、私もそうだった。 初めて見取った方、お名前も病名もまだ覚えてるよ。 さっきまで生きてたのにって思うと、怖いよね。 はい、怖かったんです。 でも、もときさんはテキパキと仕事をしていて、エンゼルケアのキットの使い方とか聞いてきて、メモしてるんです。 私、正直、ちょっとその行動は信じられなくて。 もときの優等生善とした振る舞いは、私も気になってはいた。 見取りの場面でもそんな態度なら、一体どこで感情を吐き出しているのだろう。 でも、患者さんに対してどうでもいいみたいな感じじゃないよね。 朝倉は緑茶を一口飲んでうなずいた。 患者さんにはちゃんと寄り添おうとしていると思います。 感情がない、他人に共感できないタイプではないと思うんです。 患者さんが捨てても何も感じないみたいな、そういう子ではないはずなんです。 けど、実際何を考えているかわからなくて。 私自身は人に何か意見を聞いたり、強く言ったりすることが苦手だから、余計にもときさんとの距離が縮まらないんです。 朝倉は肩を落とした。 生目の前髪がうつむく目元を暗く覆っている。 うずきさんのプリコって加藤でしたよね。大変じゃなかったですか? 朝倉と加藤は同期だ。 プリセプターになった時の悩みは、自分が新人の時のプリセプターに聞くのが一番かもしれないけれど、 朝倉のプリセプターは結婚して病院を辞めてしまったから相談しにくいのかもしれない。 だから同期の加藤のプリセプターである私に相談してくれたのだろう。 加藤は救急の希望だったのに長期療養っていう全然違う家に配属されちゃったから、可哀想にとは思ったかな。 モチベーション下がるだろうし、やっぱり加藤の相性ってあるからね。 加藤の相性ですか。 うん、朝倉だってもともと小児科の希望じゃなかったっけ? あ、学生の時はそうでした。でも実習が辛すぎて辞めたんです。 小児科はきついよね。きつかったですね。 小児科はとても大変な科の一つだ。 大人みたいに治療方針を理解できない年齢の感じもいるからということもあるが、何よりメンタルがきつい。 小さな体で幼いながらに懸命に病気と戦う姿は、けなげすぎてうまく退治できないのだ。 向き合うにはこちらもかなりの覚悟がいる。 小さな体で頑張っていたって思わぬことで病状が悪くなることもあるし、 当然、亡くなる感じもいる。 大人の見取りでさえショックが大きいのに、小さなけなげな子供の急変や見取りは、耐えられないほど精神をえぐられる。 ご家族のケアも大変だ。 それでもしっかり向き合って患児とご家族を支えていける看護師にしか止まらない科だと思う。 実習とか働き始めてみて、科との相性ってだんだんわかってくるじゃん。 だからもしかしたら、科等は長期療養には合わないかもしれないけど、それでもこの科で学べることがあるよっていう気持ちで接していたかな。 科等は素直に聞きました? そうね、科等は知ってると思うけど、自分の意見がすごくしっかりあって気が強い子だから、何考えてるかわかんないってことはなかったかな。 逆にもう少し自分の意見を抑えてもいいんじゃないって言いたくなるくらいの子だったから。 朝倉は新人時代を一緒に過ごした動機を思い出したのか負傷した。 確かにそうですね。 今、救急で頑張ってるみたいだからよかったよ。 本木さんはどうやら循環器の希望だったみたいです。 そうなの? はい、直接は話してくれてはいないんですけど、三小芝さんに聞きました。 本木さん自身が子供の頃に心臓の病気をしたらしくて、だから循環器内科に配属希望だったそうです。 そっか、じゃあモチベーションが上がらないのかな。 でもやる気がないようには見えないんです。長期療養と相性が合わないんでしょうか。どうなんだろうね。 それならそれで私にはなんとなく合わないって気づいていればいいんだけど、もしかしたら自分でもわかんないのかもしれないね。 自分で何が大変なのかわからない、言語化して人に伝えられないという人が多い。 看護師は自分の大変さを言語化できないと内に溜め込む傾向にあるから、吐き出せる人の方が精神的に安定しやすい。 今日朝倉が私に相談できたように、誰かに悩みを言葉にして伝えることがとても大切なのだ。 一人だけでは到底抱えきれない仕事なのだから。 本木は職場ですごだしてない気がするんだ。朝倉にだけじゃなくて誰にも。だから今度ご飯誘ってみるよ。 そうしてくれますか。もしかしたらプリセプターには言いにくいこともあるかもしれないので。 朝倉は薄く微笑んで自分を納得させるようにうなずいた。 私たちは追加でお寿司を注文して、そこで仕事の話は終わりにした。 元気な板前さんの声が店内を行き交っている。 翌日も梅雨らしく空は重い。病室の窓についた雨粒が近くの雨粒とつながってずーっと流れて落ちていく。 日勤の朝、関さんの枕元にはまだ女性は険しい表情でしゃがんでいる。 よく見ると靴だけでなくキャラクターの描かれたロンティも着古されているように見える。 ジーンズも新しくはない。生活に困窮しているのだろうか。 ご飯はちゃんと食べているだろうか。 握りしめているお金はこの人のお金じゃないのだろうか。 家族ではない女性を思い残している場合、恋愛関係ということだって十分にあり得る。 関さんは60歳だけれど、気持ちは若々しいように見える。 年下の女性と関係があっても死にではない。 関さんは既婚者だから、家族との関係があっても死にではない。 関さんは既婚者だから、あのお金は手入れ金か何かだろうか。 でも、面会に来る奥さんとはとても仲が良くて、目音漫才のようなやりとりをしては二人で笑っている。 在宅で酸素療法をしながら過ごしていたから、訪問看護の人とか介護の人の出入りはあっただろう。 でも、それなら制服を着ているはずかと思いながら、思い残している。 制服を着ているはずかと思いながら、思い残しの女性を眺める。 関さんが年下の女性にこんな表情をされる場面も想像がつかない。 面倒見の良いタイプに見えるけれど、一体何があったらここまで人の怒りを買うのだろうか。 うずきちゃん? 関さんに声をかけられる。 はい。体温計ピピって鳴ったよ。 あ、すいません。 慌てて脇から体温計を取り出す。 ぼーっとしちゃってどうしたの?恋の悩みかな? いえいえ、悩む相手がいればいいんですけど。 軽く笑いながら答えて体温を記録する。 私に合わせて関さんは笑うが、呼吸がいつもより苦しそうに見えた。 呼吸しんどいですか?いや、根性、根性。 笑おうとする関さんの唇の色が少し青っぽい。 私はベッドを起こし、オーバーテーブルの上にクッションを置いた。 ここに寄りかかるようにすると少し息しやすいかもしれないです。 私が言った通りに関さんはクッションの上に前傾になって持たれた。 膝位と呼ばれる呼吸の楽な姿勢だ。 はあ、本当だ、これはいいね、ありがとう。 酸素フォワードは91%だった。 ドクターコールをするほどの変化ではないが、慎重に観察しておかなければならないと思った。 手元にナースコールを置いて、無理せずつらいときは呼んでくださいねと声をかける。 根性だけじゃ乗り切れないこともあるのかもね。 関さんは苦笑まじりにつぶやいた。 私は肩にそっと手を置く。 見た目より痩せた体から太陽が伝わってきた。 お昼休み。休憩室で山吹がサンドイッチを食べている。 山吹の背後には窓があって、外では細かい雨が降り続いている。 今年の梅雨は気温が低い。 私はおにぎりとお茶を持って山吹の隣に座る。 ねえ、山吹さん、何ですか? 新人のとき初めて患者さんをお見取りしたとき、どんな感じだった? どんなって事例ですか? いや、山吹自身がどう思ったってこと。 それはめっちゃショックでしたよ。だよね。 本当は我慢しなきゃいけないのかもしれないんですけど、 耐えられなくてご家族と一緒に号泣しました。 今でも忘れられない。 柔らかそうな頬に流れる涙を拭いながら、 べそべそと泣く山吹を私は容易に想像できた。 そうだよね、わかるよ、普通そうだよね。 何でですか?何かあったんですか? 元気がさ、この前お見取りにあたったらしいんだけど、 全然ショックな素振りなく淡々と仕事をしていて、 浅草の山吹さんを見て、 全然ショックな素振りなく淡々と仕事をしていて、 浅草が心配していたのよ。 ああ、なんかわかります。あの子弱音吐かないですもんね。 山吹はサンドイッチをもぐもぐしながら言う。 そこへ遠子さんが入ってきた。 何何?何話してたの? 遠子さんはバッグの中からお昼のパンを取り出して、 山吹の迎えに座った。 元気がお見取りの時に全く悲しそうに見えなかったみたいで、 浅草が悩んでいたんですよ。 遠子さんは缶コーヒーをあけて一口飲んだ。 アイラインがくっきりと光れ、まつ毛はきれいに上を向いている。 悲しそうに見えなくてどうしたの?エンゼルケアは? それはちゃんとやったみたいです。 ふーん、それで何で浅草が悩むの? おときが何を考えているかよくわからないって、 患者さんが亡くなったのに悲しくないのかって。 遠子さんはうーんと唸るような声を出す。 でもちゃんとするべき仕事はしていたんでしょう?ならいいんじゃないの? 亡くなってしまったことは悲しいことだけれど、 この家ではそれまでの経過が大事なんでしょう? 助かるはずの患者の大手が失敗して亡くなるって言うなら大惨事だけど、 お見取りの予定だった患者さんが亡くなったんなら、 そこまでの過程で行った看護を誇ればいいじゃない。 ていうか、長期療養ってそういうかだと思ってた。そうでもないの? いや、それはそうだと思います。 お見取り予定の患者さんでしたし、いつ亡くなってもおかしくない方だったので、 それまでの看護に落ち度がなければ、 私たちは最後までしっかりお見取りしたって言えると思うんですけど。 それでも悲しいものは悲しいかなって。 等子さんは勘をかじりながら、 やっぱり長期療養は難しいなあと言った。 ただ、もときが内心どう思っているのかが見えにくいってのはあるかもしれないね。 悪い子じゃないと思うけど。 本音が見えにくいというもときへの評価はみんな同じだった。 悪い子ではない。 ただ、自分の感情を人に伝えるのが苦手なのだろう。 今度、もときとご飯行こうと思うんだけど。 私の言葉に山吹が、「おう!」と言って、 ホワイトボードに貼ってあった看護師の勤務票を手に取る。 ああ、私はパスね。新人のじめっとした話苦手だから。 等子さんが言う。 はーい。 次の金曜日、来週の火曜なら、私もうずきさんももときも日勤ですよ。 じゃあ、その日に誘ってみようか。 オッケーです。もときの好きな食べ物を聞いておきます。 そう言って、山吹は2つ目のサンドイッチの包みを開けた。

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