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1960X年の夏の午後、西ドイツはビスバーデンに近いタウヌスの山腹の緩やかな登山道を、ひばで登っていく男女の二人連れがあった。 上着が黒、ズボンが白の揃いの常馬服装だが、馬術の方では前に立った女の方が指導者格らしいことは、手綱の引き方、膝の締め方だけからでも明らかに見て取れた。 男の方は、つい遅れがちになる。 その二頭の馬の、先になったり後になったりして走って行く見るからに軽快なブレーハウンド種の犬は、馬上の二人の、どちらかの飼い犬に違いない。 常馬はどうも苦手だ。 人間相手のスポーツの方がいいや。 男が弱音を吐いた。 浅黒い肌、黒目にして黒髪、東洋人らしい。 しんまりした肌、高い頬骨、典型的な猛虎型の要望だったが、広い機体が聡明な気性を表し、相対的には頼もしい印象を与える顔であった。 あなたはまだ馬に遠慮してるとこがあるのよ。 それがいけないの。 馬ってものは、一度増長させたら癖馬になってしまうのよ。 こちらの方が強くて偉いんだということを馬に飲み込ませるまでは、徹底的に攻めつけなくちゃ。 女は白人である。 栗色の髪、茶色がかった目、そして肌は白地のように白い。 それに肉の薄い鼻と引き締まった唇とが、やや重ながな顔に適度なアクセントを与え、その雰囲気には、ある鋭敏さと冷酷さがない混ざった不思議な魅力があった。 男は言った。 そう思っていても、ムチや白車を使うのがなんだかかわいそうで、同情を感じちゃって。 馬に同情するのは、長距離は禁物よ。 赤皮の細辺をビュッとそらなりさせながら、女が答えた。 だいたい、同情ってものは自分の同類に対して持つものよ。 家畜に同情するなんておかしいわ、女には。 きしっと定まった厳しさがあった。 しかし、動物は愛護すべきものじゃないか。 釈然としない男に対し、甘やかすことはいけないわ。 家畜に対するあなたは甘すぎるわよ、あの太郎だって、と、女は馬の前後を駆ける犬をムチでさしながら、あなたが飼ってた時に比べて、目かけが仕込んでからどれほど芸を覚えたか、と大ずるのだった。 それは認めるよ。 面目なげに男が答えると、あまりそれが素直すぎたのに女は気がとがめ、自分の言い過ぎを後悔したのか今度は優しく。 いいのよ。あなたには柔道っていう特技があるんだから。 柔道。 男はどうやら日本人のようだった。 そういえば、男が女に送った物らしい犬の名太郎も、太郎という日本的な呼び名と通じるところがある。 階段の踊り場のように山道の途中に作られた木こり小屋の広場、遠くに水の音が聞こえる静かな場所に来ると、二人は馬をつないだ。 いかにも楽しげに寄り添い、いたわりあった。 相思相愛の絆で強く結ばれている間柄であることが見て取れた。 この二人が今目前に迫りつつあった奇怪な運命について少しも感知しなかったとしても不思議ではない。 運命の幕は既に開き、二人をしっかりと捕まえてしまっていたのだ。